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シェルパ斉藤の"ニッポンの良心"

その十四「良心くん、南の島でヤギとツーショット!?」

 沖縄県は八重山諸島、黒島(くろしま)へ旅に出た。
 石垣島から高速船で約25分。竹富島(たけとみじま)の先に浮かぶ周囲12kmの小さな黒島は、最も高い場所の標高がわずか15,3mという平坦な島だ。観光客が押し寄せる隣の竹富島と違って、黒島を訪ねる観光客は少ない。人口はわずか200人程度なのに、放牧されている牛の数は人間の10倍以上という牧歌的な島である。
 コンビニはもちろん、おみやげ屋もレストランもない。でもここには濃厚な南の島の空気がある。スローな時間の流れがある。
 予約しておいた宿もこの島のキャラを表している。その名も『民宿のどか』である。名前を聞いただけでも頬が緩んでしまう宿に向かって、僕は島内の道をのんびりと歩いた。

 集落に入ったところで、年配の女性に声をかけられた。沖縄ではお年寄りの女性を親愛の念を込めて『おばあ』と呼ぶが、『おばあ』という表現がぴったりのフレンドリーな女性である。
「今、何時ね」
「9時37分です」と正直に答えたら、『おばあ』は腕時計をはめた左腕を僕に突き出した。
「この時計、合ってる?」
「いや、30分ほど遅れてますね」
「直してください」
 彼女は腕時計を外さずに、そのままの状態で言った。僕は言われるがままに『おばあ』の腕を持って時計の針を修正したが、こんなコミュニケーションは普通の旅先では考えられない。この島はすごい、と上陸してすぐに魅せられてしまった。
 おばあと別れてからも、のんびりと歩き、集落のシーサーと良心くんの記念写真を撮った。気のせいかもしれないけど、良心くんの表情がいつも以上に微笑んでいるように思える。

 『民宿のどか』に到着した僕は、目が点になった。
 庭にヤギが数頭いて、縛られていない子ヤギが自由に歩き回っている。
 それは沖縄では珍しくない光景なのだが、その脇を色鮮やかなクジャクが悠々と歩いているのだ。
「クジャクも飼ってるんですか?」
 出迎えてくれた女性ヘルパーさんに尋ねると、彼女は言った。
「いえ。うちで飼ってるんじゃありません。この島にはクジャクがたくさんいるんですよ。リゾートホテルが連れてきたクジャクが野生化して増えちゃったみたいですよ」
 あっさり言うけど、サイズがほぼ同じクジャクとヤギはお互いを干渉するわけでも警戒するわけでもなく普通に庭にいる。
 『民宿のどか』の名は伊達ではない、と思わずにはいられない光景である。

 やがて夕暮れが近づいて暑さが和らぐと、宿泊客が泡盛を注いだグラスを片手に持って、庭に面したウッドデッキに集まり出した。
 沖縄の宿には『ゆんたく』と呼ばれる談話スペースがあって、夕暮れになると宿泊客が集まってワイワイ語りあうのだが、この気持ちのいい『ゆんたく』に集まるのは宿泊客だけではなかった。
 近所に住む90歳のおじいもやってきたし、都会から移り住んだであろうロン毛のちょんまげスタイルの男性もやってきた。
 宿泊者は男女合わせて7人。初めて泊まるのは僕を含めて3人で、あとは毎年泊まりに来ている常連組だった。それぞれが単独の旅人で、示し合わせたわけではないけど、毎年ここで顔を合わせているそうだ。
 常連客たちは「おじい、おかわり飲む?」と親し気に話しかけ、おじいもうなずいて、おかわりの泡盛を飲む。その周りではヤギたちがメーメーと鳴き、クジャクが悠々と歩く。
 なんて平和な風景なんだろう。
 幸福感を味わって泡盛を飲んでいたら、海に出かけていた常連客が帰ってきた。貝をたくさん持っている。
「それ、なんて貝?」
「さあ、わからない。でも、刺身で食べられるって島の人が言ってた。そうだよね、おじい」
 同意を求められたおじいは「ああ、おいしいよお」とうなずく。なんか怪しいけど、のどかな雰囲気に後押しされて、みんなで楽しくたいらげた。

 翌日ものんびりと島を散策する。
 海沿いの広場に出ると、そこにロープにつながれた1匹のヤギがいた。広場の草をムシャムシャと食んでいる。
 わが八ヶ岳山麓でもヤギを飼っている家が何軒かある。庭のヤギを売りにしている古民家のカフェもあるし、草刈り機いらずの除草用としてヤギを貸し出すサービスもある。高原にいるヤギは絵になるけど、南の島のヤギも負けていない。白い体毛が青い空に眩しいくらいに映える。
 せっかくだから良心くんとヤギのツーショットを撮ろう。そう思ってヤギがつながれてるベンチへ向かった。
 最初は僕の存在を無視していたヤギだったが、良心くんを袋から出した途端、こっちを見る目つきが変わった(ヤギの目は表情がないから、気のせいではあるけれど)。
 ベンチに良心くんを立たせたら、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 笑うしかなかった。
 小突く、という表現がぴったりの動作でヤギは良心くんを頭で倒したのである。
 愛情があるような目には見えない。良心くんの顔、あるいはスタイルが気に障ったのだろうか。でもヤギは良心くんを軽く倒しただけで、それ以上は責めようとはしない。
 草の上に倒れた良心くんに「わかったな、おい」とでも言っているかのように一瞥して、元の場所に戻っていった。
 もう一度同じように良心くんをベンチに立たせたら、ヤギは再び小突くかもしれない。良心くんがかわいそうだから実験するのはやめたけど、草の上に倒れて黒島の青空を眺めている良心くんの表情は相変わらず穏やかだし、ヤギに小突かれたことを喜んでいるようにすら思えた。
 ヤギに良心があるかは、知らない。でも、ヤギの良心が良心くんに宿ったと信じたい。
 そう思わなきゃ、やってられないよな、良心くん!

photos by sherpa saito

*「民宿のどか」のブログ http://nodoka58.exblog.jp/

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