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その一 「良心くんは僕の誕生日に生まれた!?」

 毎年、妻は僕の誕生日にとんでもないモノをプレゼントしてくれる。  その代表格は自宅の庭に作った縄文の竪穴式住居だが、2009年の誕生日に贈られたプレゼントも竪穴式住居に負けてはいなかった。  それを受けとったのは、若い男女でにぎわう甲府市郊外のダイニング居酒屋。家族みんなで誕生祝いの乾杯をしたあと、妻はにっこり笑ってテーブルの下から風呂敷包みを出した。 「はい、これ。誕生日プレゼント!」  風呂敷に包まれているのは、ガソリンランタンくらいの大きさの物体である。「?」マークが頭を飛び交う。僕は、ゆっくり風呂敷を解いた。 「なに、これ!」

良心くん photo by sherpa saito
 風呂敷の中から、愛嬌のある丸い顔が現われた。木彫りの人形だけど、ただ者ではない。仏像? お地蔵さん?お坊さん? いや、違う。親しみやすいし、愛らしい。でも「ゆるキャラ」ほど緩くはない。細い目の丸顔は僕に似てなくもなくて、親近感をおぼえる。 「良心くんだよ。萩原さんに頼んで特別に作ってもらったの」 「良心くんて、あの良心くん?」 「うん。立体化してもらったんだ。すごくできがいいと思わない?」  何のことか、さっぱりわからないだろうから、簡単に説明しよう。  萩原さん(*)は近所に暮らす彫刻家で、ふだんは仏像などの崇高な作品を彫っている。しかしアメリカの同時多発テロ事件、いわゆる9.11をきっかけにアーチストとして平和を祈るアクションができないかと考え、柔ら かなタッチの筆で良心くんを描き出した。
みんな仲良く
ありがとう
ひとりじゃないよ
 ほんわかと心が和む愛らしい絵とメッセージ。この絵を目にした妻は良心くんに一目惚れした。そしてお願いした。木彫りの良心くん人形をつくってもらえないだろうか、と。  本職が彫刻家とはいえ、無茶な注文ではある。しかし人のいい萩原さんは妻のリクエストに応えて、立体化した良心くんを僕の誕生日に合わせて製作してくれた、というわけである。  良心くんを受けとった僕は、頭をそっと撫でてみた。  滑らかな木の温もりが手に伝わる。純粋で無垢な赤ん坊を抱いたときのような感動。心が癒され、清らかで優しい気持ちに浸った僕は、ふと思った。 「よし。この子を、良心くんを、旅に連れ出そう」  僕は旅で人生を学び、旅で成長してきた。良心くんにもそうさせたい。良心くんはまだ生まれたての赤ん坊である。日本全国を僕とともに旅することで 、1人前に育てあげたい。旅の垢が染みついて汚れるかもしれないし、傷つくかもしれない。でも、僕は良心くんを飾り物にしたくはない。旅に出て多くの経験を積ませたい。旅人の僕にそう思わせる力が、良心くんにあるのだ。 「いいんじゃない。あなたの良心くんなんだから。しっかり育ててあげなさいよ」  妻に背中を押されて、僕はますますやる気になった。バックパックに収まるサイズだし、それほど重くはない。 バックパッキングの旅にも連れていけるだろう。  新たな旅の世界が広がったことで、僕は心地よくビールを飲み続けたが、そこでちょっとしたドラマが生まれた。 「あのう、それはなんですか?」  居酒屋の若い店員が話しかけてきた。先ほどから気になってしかたなかったのだという。彼だけでなく、通路を歩く店員のほとんどが良心くんに興味津々とのことである。  僕と妻は良心くんを紹介して、彼に言った。 「さわってもいいよ」 エッ? いいんですか」  若い店員は僕らの言葉に目を輝かせ、良心くんの頭を撫でて「おーっ!」と感嘆の声をあげた。彼だけでなく、他の店員も良心くんの頭を撫でたが、みんなが優しい笑顔になり、幸せな空気に包まれる。  良心くんの力を再認識したし、その光景を見て新たな思いも湧き起こった。  旅に出たら、多くの人に良心くんと触れ合ってもらおう。人々の良心を、この良心くんに注ぎ込んでもらおう。人間の良心が注入することで良心くんはさらに成長するはずだ。  すばらしいプレゼントを与えてくれた妻にあらためて感謝したし、新たな旅の幕開けに心が躍るすばらしき49歳の誕生日となった。

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