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シェルパ斉藤の"ニッポンの良心"

その十六「良心くん、東京でライヴハウス・デビュー!?」

 1991年11月7日。僕らは明治神宮で結婚式を挙げた。
 友人や親族は招かず、家族だけが参列して神前で厳かな儀式を執り行なった。
 秋晴れの穏やかな一日だった。神職と巫女さんに導かれて境内を歩く白無垢の妻は、外国人旅行者からカメラを向けられるほど輝いていた。神殿で誓詞を奏上した僕は、この妻を一生全力で守っていくんだと心に誓った覚えがある。
 それ以降、わが家は毎年11月7日を「いいな」の日と名づけてささやかなお祝いをしてきたが、20年目の結婚記念日からは明治神宮の参拝が恒例のイベントとなった。
 参拝のあとは、あの日家族で食事をした表参道の南国酒家でランチを食べ、夜はブルーノート東京でジャズのライヴを楽しみ、締めくくりは赤坂の友人のバーで飲んで、ちょっと高級なホテルに宿泊、という年に1度のぜいたくなイベントである。

 ただし、毎年11月7日に出かけているわけではない。僕の仕事の都合や妻が営むカフェの予定を考慮して、その前後にスケジュールを組んでいるが、今年は12月にずれこんでしまった。
 仕事の都合がつかなかったこともあるし、どうせならブルーノート東京に出演するアーティストの顔ぶれを優先して予定を立てようと考えたからである。
 選んだアーティストは、チコ&ザ・ジプシーズ。「ジョビ・ジョバ」や「バンボレオ」、「ヴォラーレ」など、一度聴けば頭にこびりつく名曲をヒットさせた、あのジプシー・キングスから独立したチコ・プーチキーが率いるラテン系音楽バンドだ。
 昨年までミッシェル・カミロやマッコイ・タイナーといったジャズピアニストが続いたので、ノリのいい音楽を聴きたいと思ったのである。
 そしてその結婚記念日イベントにスペシャルゲストとして、良心くんも連れて行くことにした。

 今年で4年目になるけれど、ブルーノート東京に入店するときは胸がときめく。一般のコンサートやライヴハウスと違って、大人を意識したジャズクラブである。お酒も料理もおいしいし、客層もオシャレな大人が多くて、自分もその仲間入りできたような気になれる夢心地の空間である。
 ステージのほぼ中央の指定席に案内された僕らはワインとオードブルを注文し、良心くんをテーブルに出した。
 さっそく反応があった。隣の席の4人組男女に「それ、なんですか?」と話しかけられ、僕は良心くんが何者なのか、を説明した。
「いろんな経験を積ませて一人前に成長させているんです」
 その説明に納得したのか、4人組は「頭、さわっていいですか」と、良心くんの頭をそっと撫でた。それ以降も反対側の席の大人たちが「さわらせて」と近寄ってきたし、別のグループにも「いいね、それ」と声をかけられた。
 ライヴ演奏前の高揚感、それに酒の酔いもあるのだろう。みなフレンドリーだし、良心くんに対して好意的である。最初は照れくささがあったけど、堂々と良心くんをテーブルに置き、演奏を聞かせることにした。

 やがてステージ開演。
 最終日のセカンドステージ、つまりこれが最終公演ということもあるのか、1曲目からノリノリである。
 昨年までは演奏に耳を傾けるステージを堪能してきたが、今回は全身で音を楽しむステージ。バンドのメンバーに促され、観客は全員スタンディングで踊りも楽しんだ。フラメンコダンサーでもある妻は、大興奮で踊りまくっている。
 そんな熱狂のステージが終わりに近づいた頃、僕はそれまでテーブルに置いておいた良心くんを持ち上げた。

 するとメンバーのひとりが良心くんに気づき、隣のメンバーに指さす。また別のメンバーも良心くんに気づく、という連鎖反応が広がり、ギタリストたちは僕に向かって親指を立てるサムアップのポーズをとってくれた。
「ステージに差し出してみたら?」
 妻が耳元で言うまでもなく、僕も良心くんをステージに連れていこうかと思った。しかしプレゼントに思われて受け取られたらやばいんじゃないか、という考えが頭に浮かんで、そこまでの勇気は出なかった。

 ステージ終了後、僕らはチコ&ザ・ジプシーズのCDを購入した。
 ブルーノート東京のライヴはたいていそうだが、演奏終了後にサイン会がある。CDを購入して列に並べばメンバーから直接サインがもらえるのだ。
 名前も書いてもらえるので、紙に「RYOSHIN」と書いて、順番を待った。
 予想どおり、メンバーは良心くんを気に入ってくれた。さっきステージから見ていたぞ、といわれた。
「このコは僕のパートナーです。一緒にスペインのカミノ・デ・サンティアゴの巡礼路も歩きました」
 そう話すとみな笑顔になり、気軽に写真も撮ってくれた。
 これまでのライヴ以上の満足と興奮に包まれ、僕らはブルーノートを後にして赤坂の友人が待つバーへと向かった。
 超一流の演奏を間近で聴いた良心くんの耳は、間違いなく肥えたと思う。

(つづく)

photos by sherpa saito

*ブルーノート東京のホームページ http://www.bluenote.co.jp/jp/

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