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ムーンライトジョーカー 三浦麻旅子

第6回 いつもの景色

フェアが終わり、月も欠け始め、村にもとの静けさが戻ってきた。私が次の場所へ移動するという日、サーカステントに行ってみると入り口の所にカリヤがいた。いつものように二人で散歩して、茶屋でチャイを飲んでいると、インド人のジョーカーと外国人の女というカップルが目立ってしまったからか、人が集まってきた。そんな様子を面白く思わなかったのだろう、店主が出てきて“迷惑だから出てってくれ”とがなり出した。何が起こっているのかわけもわからず、目を丸くしている私に、カリヤは“ここから離れて帰れ”と厳しく手ぶりで示す。
 なんでこんなことになってしまったのだろう、いつもと同じはずだったのに……。
 重い足取りで外へ出た。こんなとき、言葉も通じず様子が理解できないのはとても苦しい。どうしたものか、たくさんの答えが渦巻いて胸がジリジリする。居ても立ってもいられなくて、テントに行ってみたが、閉ざされた様に誰とも会えなかった。

 仕方なくそのままプシュカールを離れるためにバス停に行く。すると、ちょうど着いたバスからマルチサーカスのボスが降りてくるではないか。“会えた!” 胸に熱いものがこみ上げてきて、声が出ない。なんとか「きっとまた来年も来ます。ありがとう」と手を握って挨拶する。涙が止まらなくなってしまった。

 本当に私は来年またここに来て、彼らに会うことができるのだろうか?
 カリヤにはもう二度と会うことができないんじゃないか?

 そうしたことに気持ちが引きずられたままでいたせいか、汽車に乗る時に見事なやり口の強盗団に、重いカメラバッグを盗まれてしまった。その事自体もショックだったけれど、それまで知らず知らずのうちに溜め込んだ気持ちが溢れ出して。汽車の中で周りのインド人たちに呆れられるほど泣き続けたのだった。
救われたのは、マルチサーカスの面々が写ったフィルムはバックパックに別に積めていた事だった。次の場所へと私を運ぶ寝台の堅いベッドで泣きつかれて陽が昇る頃には“写真に縛られない旅”をする機会を与えられたのだと思うことで、やっと気持ちを切り替えることができた。

 日本に帰ってきてからも、カリヤが奥さんにプレゼントしたいというので交換した彼の大きな指輪を時々眺め。現実の出来事だった事を確かめ来年また彼らに会いにいこうと心に決めた。

東京練馬の公園で暮れていく空に現れた、殆ど真ん丸で意味ありげな月にレンズを向けていると、走り回っていたヤンチャそうな少年達のひとりが、階段を上がって来て同じ方を見て、「わ。満月だ。綺麗〜。」と呟いた。素直に気持ちを共有できて何だか嬉しい気分。
そんな帰路。ふとインドのサーカスでの出来事を思い出した。

乾燥した空気。舞い上がる砂埃りのせいか、夕空が虹色みたいに美しい。興奮し時間を忘れて色変わりゆく空にレンズを向けていると。

何を撮っているの?何か面白いものがあるの?と、皆私とその方向を見比べる。けれど、ピンとこないらしい。

彼らにとっては別にどうでも好いいつもの空。いつもの景色。

景色なんかよりも気になる事がたくさんある。

夢中になってる私が不思議だったのだろうな。

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