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ムーンライトジョーカー 三浦麻旅子

第3回 思い描いていたサーカス

陽暮れ前にキャメルフェアの砂丘に向かう。砂埃で霞んだ夕焼けの空にラクダのシルエット。そこら中のテントから立ち上がる夕食を準備するおいしそうな湯気。
「明日の夜7時からショーが始まるからその頃にまたいらっしゃい。その時には英語が話せる親戚も来るのでもっと話ができると思うわ。」
と、昨日私を招き入れてくれたおばさんが話してくれた。
胸躍らせ着いたマルチサーカスのテント。サーカスの入り口ではお立ち台の上でサリーに身を包み派手な化粧をした踊り子が、ひび割れた音のスピーカーから流れるインド・ポップスに合わせて腰を揺らして客の気を引いていた。その横で“おもしろいよ!見てらっしゃい!”とでも言っているのだろう、よく通る濁声。ストロボの光の中に浮かび上がったその道化師に、私は一瞬、見惚れてしまった。その顔は私が思い描いていた道化師そのものだった。

サーカステントの中に入るとラクダ売りの男たちが、薄暗がりのなかで大きな瞳を輝かせている。
夜になり一気に冷えた砂の上、柵で仕切られた円形ステージの齧り付きに陣取り座る。
ショーが始まると、先ほどの道化師がおどけながら、私のカメラに向かってポーズをとる。すると、周りのターバンの男達が見慣れない旅人の私に気がついて話しかけてくる。“わからない”とジェスチャーで応えても、気に留める様子もなく“おもしろいか?”というようなうれしそうな顔。私も笑顔を返す。

ステージ中央の台の上で始まったのは、7歳くらいの少女が、ピンクの液体が入った4本のビンの上に椅子を乗せ、その上で身を反らせて足の間から顔を覗かせる芸。彼女の名はシーマ。
それが終わると、ロープが張られシーマと同じ歳くらいのシーラが、ロープの上でバランスをとり、足で頭の上にソーサーとカップを三段重ねに投げ乗せるという技を試みるのだけれど、これがなかなか上手くいかない、カップが落ちてカラカラと空しくころがってしまう。
力自慢の重量挙げや、自転車を使ったバランス芸、その横でふたりの道化師がちょっかいを出して怒られ走り回っている。
その次は、モノクロームの無声映画にでも出てきそうなおじいさんが弓を持って現れた。道化が揺らす小さな玉に照準を定めて矢を放つ。芸を終え裏に引っ込んだと思うと、メイクし道化として再び現れる。おじいさんはノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

トリオの道化達が出てきてコントを始める。真ん中の男が隣の男に噂話を始めると、唐突に後ろから叩かれる。“誰だ?”と振り向くと、叩いた本人が“俺じゃないってば、ヤツだよ!”ともうひとりの男のせいにして指差す。叩かれた男はその指差された男を叩き返し、今度はその男が怒り出すというどこかで見たような堂々巡りの定番コントだけれど、魅力的な声色と表情や仕草が面白くてついつい笑ってしまう。

そして、最初に私をテント裏に招き入れてくれた恰幅の良いおばさんが足を露出した衣装で登場した。ボスの奥さんで団員にはマミーと呼ばれている。
2メートルはあるワイヤーで固定された棒の上に板が用意され、マミーはそこに上がる。その上に置かれた不安定な樽に乗る息をのむバランス芸。けれど、客の男たちは技よりも普段インドではなかなか見ることの出来ない露出した太もものほうに興味津々らしく、目は爛々と輝き友人同士でこそこそと何か言い合ってにやついている。
この夜は3時間の長丁場。それでも、決して飽きさせない。次々に芸が繰り広げられ道化師が笑わせる。見ていると同一人物が衣装を変えて何度も出てくるし、裏方としても走り回っている。
ショーの最後はメインの空中ブランコ。アナウンスが入り、団員達は真剣な面持ちで安全ネットを張る。先ほどのシーマとシーラがブランコに上がり、中央のブランコには少女達を受け止める男芸人が飛び移る。宙を舞う彼女らの芸は大サーカスで見るような高度な技ではないけれど、宙に舞い受け止められるたびにギイギイとテントのあちこちが軋む音がしてドキドキしながら見入ってしまった。
続いて、気になる道化師がへっぴり腰で怖がりながらも思い切って飛ぶと、はいていたズボンがひっぱられひらりと脱げて道化師はネットにドンッとお尻から落ちた。お決まりの失敗に思わず笑ってしまう。
ショーが終わり、裏手に回ってみると、着替え終わったマミーがご飯とサブジ(野菜カレー)の食事を用意してくれていた。ちょっと辛いけれどおいしい食事をインドのやり方に倣って右手で口へ運ぶ。さっきの道化師を目で探したけれど、どこへ行ったのか見つからなかった。

静まり返った夜の道を、野良犬に吠えられビクビクしながら宿までひとり歩いた。それでも目的のサーカスに出会えたことで気持ちは明るかった。

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