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シェルパ斉藤の"ニッポンの良心"

その八 「千年に1度の豪雪に、ニッポンの良心を見た!」 

窓の外は大雪である。

 東京でも2週連続で大雪が降ったし、連日報道されているから周知だと思うが、わが八ヶ岳山麓は完全なる雪国と化している。
 山麓なんだから雪が降って当然じゃないの? と思われがちだけど、八ヶ岳の山梨県側、つまり僕が暮らしている南麓はもともと降雪量が少ない。首都圏と同じく、冬は乾いた晴天が続く。市役所には『日照時間日本一』と書かれてあるくらいだし、雪が降らなくて晴天率が高いから、わが家はソーラー発電システムをいち早く導入しているのである。
 とくに今年の冬は雪が降らなかった。例年だと1月は少し雪が積もり、日なたは融けても、日陰は雪が少々残る──というのが、真冬の八ヶ岳南麓の光景だったが、今年はまったく雪が降らず、庭の土は乾き切っていた。そのツケが一気に押し寄せたといえなくもないが、それにしても度が過ぎる。
 わが家の犬たちはグランドフロアで寝て、朝になって扉を開けると外に飛び出てオシッコをするのが日課になっているが、豪雪の翌朝は外に出たとたん、雪に埋もれて姿が消えた。積雪は僕の胸近くまであり、自分ちの庭なのにスノーシューがなくては前に進めないほどの状況になっていた。
 ニュースは120年前に観測を開始して以降、最高の積雪と伝えているけれど、それ以前の記録は残ってないわけだから、有史以来最高の積雪かもしれない。近所に暮らす登山ガイドと「千年に1度の豪雪ってことにしておこうか」という話でまとまったけれど、お年寄りも含めて誰ひとり経験したことがない豪雪であることは間違いない。
 JR中央線は不通。中央自動車道も国道20号線も通行止め。山梨県は陸の孤島と化した。小学校から高校まで学校はすべて休校。物流は滞って、スーパーやコンビニの食料は品薄状態となった。わが家も車を外に出せなくなり、外界から閉ざされた。

 でも、非常事態に陥ったわけではない。
 むしろ、こういうときに底力を発揮するのが、バックパッカーの田舎暮らしなのである。
 食料は日ごろから備蓄されているし、薪ストーブの燃料である薪も、灯油も豊富にある。スコップやツルハシといった土木工事の道具も一式揃っているし、降雪時でも快適なアウトドアウエアやブーツも家族ぶん以上用意されている。コンパクトストーブやランタンなど、アウトドア用品も売るほどあるから、ライフラインが途絶えたとしても1週間くらいは快適に過ごしていられる。千年に1度の豪雪でも、とくに焦ることはなく、堂々と構えていられるのである。
 とはいえ、車が出せないのはつらいなあ、と思っていたら、近所で牧場を営むSさんがブルドーザーに乗ってやってきて、車が通れる道をすぐにつくってくれた。Sさんは集落一帯の道を確保するために尽力してくれたし、重機が入り込めない道路は近所の住民が集い、共同作業で雪かきを進めた。さらに妻たちは買い物に行けない近所のお年寄りに食料を分け与えたり、家の雪かきも手伝った。
 住民たちがお互いに助け合って暮らしていることも、田舎暮らしの強みだろう。
 ニッポンの良心はわが家の回りにもある。
 胸を張ってそう言いたい、今回の豪雪なのである。

 ただし、豪雪の影響をまったく受けずに済んだわけではない。
 2月15日から5日間、妻は友人と台湾旅行へ行くはずだったが、東京に出る交通手段が遮断されたため、キャンセルせざるを得なくなった(5日間、留守番予定だった僕はその必要がなくなったので、ラッキーだったといえるが)。
 そして鳥取に暮らす大学生の長男、一歩は東京までたどり着いているのに家に帰れない状態が続き、友人や知人宅を転々とする日々を過ごした。
 最初は予期せぬ放浪生活を楽しんでいたが、4日目になると「疲れた……。家に帰りたい」と、不満を漏らすようになった。
 そこで僕は提案した。「ヒッチハイクしてみたら」と。
 JR中央線は不通のままだし、高速バスも運休が続いている。国道20号線も通行止めだが、中央自動車道は4日ぶりに開通した。八王子インターあたりで『山梨』と書いた札を掲げて立っていれば、乗せてくれるドライバーが現われるかもしれない。いや、きっと現われるはずだと、52歳のいまも現役ヒッチハイカーである僕は進言した。
「うん、わかった。やってみる」
 一歩の返事は明るかった。一台も止まらなかったら、そのときはそのとき。また次の手を考えればいい。そのうち中央線も動き出すだろう。
「じゃあ、がんばれよ」と電話を切ってから、約9時間後。
 一歩からの連絡を受けて、僕は最寄り駅の長坂駅でバックパッカー姿の一歩を迎えた。
 僕のアドバイスどおり、一歩は八王子駅から1時間かけて八王子インターまで歩いて、ヒッチハイク開始。約30分待ったところで、空車のタクシーが止まったそうだ。
「お金は持ってませんよ」と告げたら、年配のドライバーは「かまわないよ。でも会社にバレたらまずいから車載カメラには映らないように体を伏せてなさい」と指示し、一歩は後部座席に横たわった状態で甲府郊外の一宮御坂インターまで乗せてもらったという。
 その後は甲府市内に向かって歩き出し、途中でさらにヒッチハイクをして甲府駅まで乗せてもらい、1時間に1本の本数で運転を再開した甲府〜小淵沢間の普通列車に乗って長坂駅までたどりついた。
 武勇伝といってもいい一歩の帰還話に耳を傾けながら、僕はしみじみ思った。
 ニッポンの良心は、いたるところにあるのだ!

photos by sherpa saito

(編集部より:今回、良心くんが大雪のため、停滞。全国行脚の話は次回から再開します。ご了承ください)

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